軍との蜜月が作り上げた機能美。パネライが今、欲しい理由
『パネライ』は前例を見ないダイバーズを作り上げたことで知られている。その存在は長く軍事機密とされたが、90年代に晴れて民間市場に進出し現在の地位へと上り詰めた。唯一無二のデザイン性。時計好きが惹かれる『パネライ』
ひと目で判別できるクッションフォルムが特徴である『パネライ』の腕時計は、1936年に軍用ダイバーズ(試作機)として生まれた。「ラジオミール」と名付けられたこの歴史的傑作は、以降、イタリア海軍の特殊潜水部隊「フロッグマン」の装備品となり、数々のミッションを成功させたと言われている。そのようなエピソードも同社の魅力を引き上げ、所有欲をかき立てる理由になっている。日本国内での本格的な流通は、ヴァンドーム グループ(現リシュモン グループ)に参加した1997年の翌年から。大きな腕時計が好まれた“デカ厚”ブームの火付け役となり、一気にメジャーブランドの仲間入りを果たしたのである。
『パネライ』の歴史は、イタリア海軍抜きには語れない
そもそも『パネライ』は時計メーカーではなく、ジョバンニ・パネライが1860年にイタリアのフィレンツェに開業した、工房を兼ねた時計店がスタートだった。当初から高度な技術が評判で、発明した蛍光物質「ラジオミール」を使った精密機器をイタリア海軍に納入していた。その経歴から同軍の信頼を得て、特殊潜水部隊を創設する際に『パネライ』は腕時計の製造経験がなかったものの特殊ダイバーズの製作を引き受けることとなる。そこで密かに『ロレックス』などの協力を得て、1936年、独自の蛍光物質を文字盤に使用したその名も「ラジオミール」のプロトタイプを完成させたのだった。
イタリア海軍に制式採用された「ラジオミール」は、視認性や防水性を高めるために47mmを誇る大型ケースが特徴のひとつだった。そのスタイルは以降にも継承され、『パネライ』=ビッグサイズという伝統が生まれたのである。第二次大戦後も同社の存在は軍事機密として扱われ、1949年により安全な蛍光物質「ルミノール」を発明し、翌年に独創的なリューズプロテクターを備える同名の「ルミノール」を開発。これによって2大シリーズの礎が築かれ、その後1993年に初の一般向けモデルを発表し、コレクターや流行に敏感な層をも虜にした。現在ではスイスに工場を構え、自社ムーブメントを生産できるマニュファクチュールブランドへと成長している。
「ラジオミール」と「ルミノール」は何が違う?
『パネライ』のアイコンは大きく「ラジオミール」と「ルミノール」に分けられる。両機とも暗闇で発光する同名の放射性物質を文字盤に使用していたものの、当時の蛍光物質は禁止されており、現在では人体に害のない蓄光型塗料に変わりつつモデル名として残されているのだ。ちなみに「ラジオミール」はアップグレードバージョンの「ラジオミール 1940」を、一方の「ルミノール」もオリジナルにもっとも近い「ルミノール 1950」のほか、近年では薄型の「ルミノール ドゥエ」などを開発。総じてパネライイズムを継承し、時計界でも突出した個性派として認知されている。
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クラシックなワイヤーラグが特徴的な「ラジオミール」
「ラジオミール」のオリジナルモデルは、47mmのクッションケースにワイヤーループ式ストラップ・アタッチメントを備え、上下にガードを備えない大きな円錐形リューズを特徴としていた。このクラシックスタイルを現行モデルも受け継いでいる。また1940年に発展型として誕生した、ラグをケースと一体化してリューズも変更した「ラジオミール 1940」も再現復刻されている。現代「ラジオミール」のベーシックに位置付けられる「ラジオミール ブラックシール ロゴ アッチャイオ-45mm」は、あえて手巻きムーブメント(自社製)を搭載しており、古き良き時代の腕時計を今に伝えている。
「ラジオミール ブラックシール ロゴ アッチャイオ-45mm」のサイドビュー。クッションケースに、ワイヤーループ式ストラップ・アタッチメントを備える。リューズトップに、文字盤にも印字されている同社の正式名「OFFICINE PANERAI」から取った“OPロゴ”を刻印。
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リューズガードのボリュームが男心くすぐる「ルミノール」
「ラジオミール」を進化させたのが「ルミノール」で、より高いスペックが授けられたのだが、注目はやはり特許取得のリューズプロテクターにある。レバーを下げるとリューズが操れるようになる仕組みは、潜水中のリューズの破損や誤操作を防ぐために考案された。このプロテクターを装備する同シリーズは大きく、「ルミノール」、「ルミノール 1950」、「ルミノール ドゥエ」に分けられる。数多くのコレクションの中でも、2018年に発表された「ルミノール マリーナ ロゴ 3デイズ アッチャイオ-44mm」は、9時位置に小さな秒表示を配しながらも比較的にリーズナブルなため、同社の新エントリーモデルとして期待が大きい。
「ルミノール マリーナ ロゴ 3デイズ アッチャイオ-44mm」のリューズプロテクター写真。側面のレバーを下げることで、リューズを引き出したり、回転することができる。同シリーズの象徴的な機能で、他社にはない魅惑のディテールでもある。
『パネライ』が時計好きを惹きつける3つの理由
語り尽くせぬほどの魅力を持つ『パネライ』だからこそ、“ココを押さえれば”というポイントを絞って掘り下げたい。今回は3つで、軍用として開発された経緯から生まれたダイヤル、実用性に重点を置いた機能的な意匠、そして必要性から生まれた長時間駆動だ。
魅力1
軍用時計に根差した高い視認性、強い発光力
独自に「ラジオミール」や「ルミノール」といった蛍光物質を発明したことで、暗い海中や夜間でも時刻を読み取れる夜光機能を確立した。しかもダイヤル面を大きくすることで、通常よりも視認性を高めたのだった。さらなる工夫として、プロトタイプをベースにした1938年製の「ラジオミール」から2枚のプレートを重ねた二重構造式のダイヤルを採用している。これは下層プレートにラジウムベースの蛍光物質を施し、上層プレートはマーカーと数字の箇所をカットアウトすることで発光を際立たせる仕組み。現行モデルには1枚文字盤のプリント型も存在するが、このような隠れたアイデアも評価に値する。
魅力2
100年間ほぼ変わらない、完成されたデザイン
センターに秒針を備えていないため、『パネライ』の腕時計をやや異質と見る人も少なくない。これは製造を開始した初期、『ロレックス』製や『アンジェリス』製の信頼性の高い懐中時計用ムーブメントを腕時計用に改良して搭載していた時期があった経緯のほか、瞬間的な読み取りのために時と分だけの2針式やスモールセコンド式を取り入れたためである。結果、シンメトリーデザインのダイヤルを含めて完成度の高いフェイスが完成し、今では同社のスタンダードとして認識されている。なおオリジナルに近いのは、3・6・9・12のアラビア数字をレイアウトした2針デザインだ。
魅力3
超ロングパワーリザーブの自社ムーブを搭載するモデルも
小型潜水艇S.L.Cを使ったミッションなどを担当していた特殊潜水部隊は、当然ながら長時間に渡る作戦行動中や、海水にさらされての低体温状態では時刻の調整は容易ではなかった。そのため『パネライ』への要求に“長時間駆動”も入っており、ゼンマイを長くできる懐中時計用ムーブメントを改良し、採用していたという背景もある。その機能は現在も継がれ、自社製の手巻きムーブメントの中には最大10日間ものパワーリザーブを備えるものも存在する。これは面倒なゼンマイの巻き上げ回数を低減できるディテールであり、時間に追われる現代人にとってもメリットの高いスペックといえる。
人気両シリーズからおすすめ6本をピックアップ
オリジナルの「ラジオミール」&「ルミノール」の機能と精神を受け継ぐ、現代の傑作ウォッチを3本ずつ選出。そのテーマはずばり定番、新作、そして注目株。どれも『パネライ』を大いに語れる、満足度の高い顔ぶれが揃った。
1本目
ラジオミール 8デイズ アッチャイオ-45mm
独創的なクッションケースに、円錐形リューズ、ワイヤーループ式ストラップ・アタッチメントを備えるなど、潜水部隊向けに生み出された試作「ラジオミール」を彷彿とさせる定番モデル。搭載する自社製の手巻きムーブメント、キャリバーP.5000は、COSC(スイス公式クロノメーター検定所)の認定を受けた高精度仕様で、ケース裏のシースルーバックを通して眺めることができる。モデル名の「アッチャイオ」とは、イタリア語で鋼鉄を意味し、ケース素材がステンレススチールであることを表す。192時間パワーリザーブ。カーフストラップ。ケース径45mm。10気圧防水。
2本目
ラジオミール 3デイズ アッチャイオ-47mm
2017年に発表され、正規店では瞬く間に完売した世界限定1000本モデル。1930年代末にだけ、“OFFICINE PANERAI BREVETTATO(パネライ特許の発光物質を意味)”を12角ベゼルに刻印した「ラジオミール」が生産されており、その伝説的なモデルを現代に甦らせた。当時と同じ直径47mmのステンレススチールケースに、実用的な3日間パワーリザーブの自社製手巻きムーブメント、キャリバーP.3000を搭載する。あくまでデザインを復刻したコレクションウォッチであり、その観点から防水スペックは3気圧に留めている。伝統的な2層タイプのサンドイッチダイヤルをセット。シースルーバック。カーフストラップ。
3本目
ラジオミール 1940 3デイズ GMT アッチャイオ-45mm
ストラップとの接続部分の強度を高めるため、ワイヤーループ式ではなく一般的なラグへと変更した「ラジオミール 1940」のスタイルを再現。ストライプ模様ダイヤルがエレガントな印象を与える。マイクロローターを使った自社製キャリバーP.4001の搭載によって、自動巻き機構とGMT機構を備えつつもスマートな設計を実現した。同ムーブメントが見えるシースルーバック側に、最大3日間駆動のパワーリザーブ残量がわかるインジケーターを装備。3時位置にデイト表示、9時位置にスモールセコンドとデイ&ナイト表示をレイアウト。カーフストラップ。ケース径45mm。10気圧防水。
4本目
ルミノール マリーナ オートマティック アッチャイオ-44mm
大人気ヒット作Ref.PAM00104の後継機として開発された、拡大レンズ付きの日付表示を備える“マリーナ”のベーシックな自動巻きモデル。30気圧防水やシンボリックなリューズプロテクターを備え、本格的なダイビングに対応する。直径44mmのステンレススチールケースは、同社共通の高い耐食性を誇る「AISI 316L」を採用。ムーブメントは自社製ではないものの、エボーシュ(ムーブメント会社から仕入れた半完成品)に独自の改良を施してクロノメーター検定をパスする高精度に仕上げている。同社ラインアップはやがて自社ムーブメントへの切り替えが予想されるため、ある種の希少な存在といえるだろう。カーフストラップ。
5本目
ルミノール ベース ロゴ 3デイズ アッチャイオ-44mm
「ルミノール」の新エントリー機種にポジショニングする、2018年誕生のリーズナブルな1本。新開発の自社製手巻きムーブメント、キャリバーP.6000を搭載してトラディショナルな2針デザインを構築し、ダイヤル6時位置のOPマークと同色のステッチを使ったファブリックストラップで、同社では少数派のカジュアル趣向の強いデザインに仕上げた。リューズプロテクター装備の直径44mmステンレススチールケースは10気圧防水をクリア。同じく72時間パワーリザーブのキャリバーP.6000を採用しつつ、スモールセコンドを配した“マリーナ”タイプのRef.PAM00777もほぼ同時にリリースされた。
6本目
ルミノール ドゥエ 3デイズ アッチャイオ-42mm
2016年に加入した「ルミノール ドゥエ」は、ルミノールの象徴であるリューズプロテクターを残しつつ、スリム化させてフォーマルシーンにもマッチするデザインを追求している。とくに手巻きの自社ムーブメント、キャリバーP.1000を搭載するRef.PAM00676は、直径42mm、厚さ10.5mmの設計のため、これまで大きい『パネライ』を諦めていた腕の細い人もしっくりするサイズになっている。また同シリーズからは42mmの自動巻きモデルやユニセックスサイズの38mmバージョンも登場するなど、ブランドの新たな歴史を築く存在として期待されている。Ref.PAM00676はシースルーバックケースを採用し、3気圧防水を確保。
雑誌やWEBを中心に活動するモノ系フリーライター。時計やクルマへの趣味が高じ、それらを専門的なジャンルとしている。最近欲しいモノは、同い年のアンティークウォッチ。